ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

外的召命と内的召命 後編


 
聖書教理の体系的研究」からの引用です。
 
2.内的召命
 
 次の箇所は内的召命を示しています。使徒2:39、ローマ1:6、ローマ8:28、30、ローマ9:11、24、第一コリント1:1、26、第一コリント7:15、ガラテヤ1:5、ガラテヤ5:8、エペソ4:4、コロサイ3:15、第一テサロニケ5:24第二テサロニケ2:14、第二テモテ1:9、へブル9:15、第一ペテロ1:15、第一ペテロ2:9、第一ペテロ3:9、第一ペテロ5:10、第二ペテロ1:3、10、ユダ1。(聖書個所が外的召命と重なっているものは、外的召命と内的召命のどちらにも解釈できるケースである。)
 

これら予定されたものをばお召しにもなり、お召しのものをば義ともなさり、義となさったものをば栄化もなさいましたローマ8:30前田訳聖書
 
ふたりがまだ産まれず、善も悪もしないうちに、神の選びによる予定は変らず、それが(人の)行ないによらずお召しになる方によるようにと、「兄は弟に仕える」とリベカにいわれましたローマ9:11~12(前田訳)
 
神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自身の計画と恵みとによるのです。この恵みは、キリスト・イエスにおいて、私たちに永遠の昔に与えられたものであって第二テモテ1:9
 
 
①内的召命は、御霊による直接的な召命である
 
 聖霊が福音のメッセージをとおして働き、罪人の心を開く(使徒16:14)。そして新生をもたらす力を働かせて、福音の言葉を心に適用する。そのときはじめて、人は御霊に属する事柄を悟り、受け入れることができる(第一コリント2:14)
 
 
神をあがめるリディアという婦人も話を聞いていたが、主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた。使徒16:14
 
生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。・・・また、それを悟ることができません。第一コリント2:14
 
聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません第一コリント12:3

 
②内的召命は限定的である
 
 内的召命は、救いの対象として選ばれた人たちにのみ有効に働く召命である。

 外的召命と内的召命の違いは、前者は伝道をとおしてなされる地域教会への招きであるのに対して、後者は、救いに選ばれた人に対してのみ聖霊によってなされる、公同の教会の一員になるための招きである。

 ローマ8:30は、内的召命が限定的であることを示している。

これら予定されたものをばお召しにもなり、お召しのものをば義ともなさり、義となさったものをば栄化もなさいましたローマ8:30
 
 
③内的召命は常に有効である
 
 内的召命は、それを受けた者によって(究極的には)拒まれることはない。内的召命の有効性は、ローマ8:28~30や第一コリント1:24によって示されている。
 
 
われらは知っています、神を愛するものには神が協力してすべてを善になさることを。彼らは御旨に従って召されたものだからです。あらかじめご存じのものを、み子と像を同じくするよう神は予定されました。・・・これら予定されたものをばお召しにもなり、お召しのものをば義ともなさり、義となさったものをば栄化もなさいました。
                               ローマ8:28~30
 
しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。第一コリント1:24

 
●まとめ
 
 たとえば伝道集会において、招きに応じて10人が前に出てきて来たとします。
 
 しかしその後も教会に来つづけ、洗礼を受け、天に帰るまで信仰を全うした人は3人だけだったとしましょう。
 
 この場合、内的召命を受けていたのは3人だけということになります。

 あとの7人は外的召命にいったんは応答したのですが、最終的には神を拒んだということになります。
 

1.神が人を救いに予定し

2.キリストがその人の贖いを遂行し

3.聖霊が福音をその人に適用することにより人は救われます。

  私たちの救いは、三位一体の神にしかできない深遠な御業です


 
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