ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

ハイライト その2

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この箇所の解釈は、大きく7種類あります。


(中略)


解釈6

ある方々は、パウロは、集会で女性がリーダーシップを行使することがないように、女性による公の発言(聖霊によるものも、そうでないものも)をすべて禁じたと主張しています。中には、女性が集会中、質問が一切できないように、完全な沈黙が求められたとまで主張する人もいます。この沈黙は、「アーメン」と言うことも含め、一切の発声を禁じるものです。この見解は、ラレオー(「話す」の意)というギリシャ語が、14章の文脈上、リーダーシップをとるための発言だという解釈に乗っ取っています。そして、パウロは女性が教会の集会で、リーダーシップをとることを禁じているのだとしています。この場合のリーダーシップは、集会における賛美リード、祈りを導くこと、聖書の朗読、聖霊の賜物の行使全般、を含んでいます。

この解釈における問題点は、11章におけるパウロの発言です。パウロは、11:5で是認したことを、14:34では責めているのでしょうか。そうだとすると、パウロの発言自体に明確な矛盾が生じてしまいます。この解釈の真価は、11章との矛盾を如何に解決するかにかかっているということになります。


解釈7

ある方々は、パウロが禁じているのは、女性が預言の吟味に参加することだと主張しています。文脈がそれを示しているというのです。パウロは14章で、異言と預言について指導しています。確かに39節で、異言と預言という言葉を具体的に出して論述を完結しているので、14章におけるパウロの関心の中心は異言と預言であったことがわかります。女性に関しての論述は、これら2種類の賜物のうちのどちらか、あるいは、両方に付随して述べられているということになります。34節~35節は、預言に関しての文脈の続きとされます。文脈の中では、預言に関連する2つの分野が述べられています。1)29節前半で、預言そのものに関して。2)29節後半で、預言で語られたことの吟味、あるいは評価に関してです。パウロは、30節~33節では預言そのものに関して述べていますが、34節~35節では預言の吟味について述べているということになります。聖霊によって導かれたとき、女性が預言することは許可されています。しかし女性が、他者の語った預言を吟味することは許されていないというのです。その理由としては、吟味することは教えの役割を含んでいるからです。女性は、教会において男性に教えることを許されていません。これは権威とマナーに反するからです(汽謄皀藤押В隠押法ですから、預言が語られ、吟味が行われる集会においては、女性は質問することができないのです。なぜなら質問することは、吟味と見なされる可能性があるからです。

(中略)