ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

御霊の人の証明 その3

 
 聖書によれば、

 新約時代のクリスチャンが受け取る啓示は、
 
 すべて第三者による吟味を通さなければなりません(第一コリント1429、第一テサロニケ521参照)
 
 
 それゆえ、海外で「預言者」として名の通っている人たちは、
 
 他の教役者たちに自分が受けた預言や夢、幻などの啓示を吟味してもらい、
 
 妥当だという承認を得てから一般公開しています。
 
 
 その取り組みは、彼らが以下の御言葉を真摯に受け止めていることの表れです。
 
自分を預言者、あるいは、御霊の人と思う者は、私があなたがたに書くことが主の命令であることを認めなさい。もしそれを認めないなら、その人は認められません(第一コリント143738
 
 
 「主の命令」とあることに注目すべきです。
 
 そして「主の命令」には次の箇所が含まれます。

 
預言する者も、ふたりか三人が話し、ほかの者はそれを吟味しなさい1429
 
それは、神が混乱の神ではなく、平和の神だからです1433
 
すべてのことを適切に、秩序をもって行ないなさい。(1440
 
 

 「預言者」と呼ばれている人が主の命令を守っているのですから、
 
 「御霊の人」もそうするべきです。
 
 
 私が思うに、幻や夢を見て、
 
 その中で天使やイエスの言葉を聞く人は「御霊の人」の範疇に入るでしょう。
 
 
 吟味を経ずにそういった啓示を公開するのは、「主の命令」に反することです。

 
わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現わしますヨハネ1421
 
 
 上記のイエスの言葉によれば、
 
 主の戒めを守る人には「わたし自身を彼に現わします」と約束されています。
 
 

主の命令」を守らず、吟味せず、秩序も守らずに啓示を公開している人に、
 
 果たしてイエスはご自身を現すでしょうか?


 そういう人たちが見ているイエス

 会話しているイエスは、

 福音書のイエスとは別人ではないでしょうか?
 
 
●結論
 
 吟味や秩序の原則を守らない人は、御霊の人として認められません。
 
 「主の命令」に背くことになるからです。
 
 
 この原則を守らない人は、
 
 証する啓示の内容以前の段階で問題があります。
 
 
 誰かが霊的な体験をして、その中で啓示を受けた場合、
 
 一般公開する前に第三者による吟味の過程を経るべきです。

 
 軽い気持ちで何でもかんでも公開してしまう人は、
 
 キリストの命令を無視しているのですから、
 
 証すること自体が聖書的ではありません。

 
 そしてイエスは、

 そのような人にはご自分を現さないのです。