ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

福音を正しいと認める人はみな救われますか?

 
 今回は2つ目の質問にお答えしようと思います。
 
2つ目のご質問福音を正しいと認める人間はみな救われますか?
  
      
 この質問は、2通りの解釈ができると思います。
 
①「認める」という言葉を「知的に認める(だけ)」という意味に解釈する
②「認める」という言葉を「信仰によって信じる」という意味に解釈する
 

 この2つの違いがわかる形で、お答えしようと思います。
 
 ①のように、福音の内容が事実であり正しいと知的に認めても、それだけでは誰一人救われません。
 
 救われるということは、単なる知的な営みを超えたものだからです。
 
 救われるということは、その人が永遠のいのちを得ることを意味します。
 
 聖書には、永遠のいのちに関する様々な説明(言い換え)が見られます。
 
 例えば、次の箇所です。
 
 
永遠のいのちとは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることです。
 
 
 この箇所で「知る」と訳されているのは、ギノスコーというギリシャ語です。
 
 この言葉の意味をギリシャ語辞典で調べると、「特に経験を通して知ること」と書かれています。
 
 織田昭著「新約聖書ギリシア語小辞典」にも、「ギノスコー=経験を通して知るようになる」と書かれています(P116)。
 
 つまり、父なる神やイエスさまのご人格や御業を体験的に知ることが永遠のいのちであるとヨハネ(イエスさま)は教えているのです。
 
 ですから、真の信仰によって福音を信じた人に聖霊が内住し(ローマ8:11

 御霊の働きによって神や主イエスを体験的に知ることで救われるのですヨハネ6:63)。
 
 これは、必ずしも長い月日を要するものとは限りません。
 
 ごく短時間で、真の救いを得ることは十分に可能です。
 
 主イエスと共に十字架につけられた犯罪人の事例でわかります。


 
 
ルカ23:4243(動画の1:18~)
「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」エスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
 
 
 この箇所の「パラダイス」が天国を指すのか、それとも義人が送られる別の場所を指すかの議論はありますが、この犯罪人が救われたことに変わりはありません。
 
 この犯罪人は信仰告白をしただけで、良き行いをする時間は一切ありませんでした。
 
 しかし主イエスは、彼がパラダイスに行くと宣言されました。
 
 これは、この犯罪人の信仰と救いが本物であったことを意味します。
 
 この出来事からわかるのは、彼の告白が主イエスに対する真の信仰から生じたものであったということです。
 
 彼は主イエスがメシアであることを知的に認めただけに留まらず、真の信仰で主を信じたので罪の赦しと永遠のいのちを得ました。
 
 逆に言うと、真の信仰には告白や行いが伴うということです。
 
 それが、単なる知的な認識と真の信仰の違いではないでしょうか。
 
 つづく