ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

その2 神の福音

神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ」 ローマ1:1

●神が主役
日本語の聖書では、「神の福音」というフレーズが冒頭に来ています。

「神の福音」という部分は、セオス(神)という名詞の所有格が、福音(ユアンゲリオン)を修飾しています。

学者たちの間では、この部分の解釈が、①神に関する福音、②神がもたらした福音、という2通りに分かれています。

文法的にはどちらの解釈も可能で、間違っていません。

私が言いたいことは、どちらにしても福音の中心は神であるということです。

それに反して、こんにち世界で語られている福音は、あまりにも人間中心ではないでしょうか。

「神はあなたを愛しています。」

「神はあなたの人生に計画を持っておられます。」

イエス・キリストはあなたのために死なれました。」

まるで神とキリストが、人間ために存在しているかのようです。

聖書のメッセージは逆です。

聖書は、「初めに、神が天と地を創造した」という一文で始まります。

つまり万物の源は神であり、宇宙の主役は神であると述べているのです。

こんにちの伝道メッセージは人に対する愛で満ちていますが、「使徒の働き」には「愛」という言葉自体が一度も出てきません。

使徒たちが、こんにちのような伝道をしていなかったことは明らかです。

使徒の働き」は聖霊の働きとも言える文書ですから、聖霊ご自身が使徒たちにそのようなメッセージを語らせなかったのです。

こんにちでも、本当に聖霊に従った伝道をするなら、神が主役の福音が語られるはずです。

そういう福音こそ、「神の福音」なのです。

パウロは、「神の福音」のために選び分けられました。

たとえ一握りのクリスチャンでもいい。

パウロの後に続き、神を主役とした伝道をし、神を主役とした聖書解釈をし、神を主役とした世界観を持ったなら、
 
神はどれほどそのクリスチャンたちを喜ばれることでしょう。