【ミニ投稿】くどいようだがまたエペソ エペソ2:1~3
エペソ2:1~3の、原文の構造に関するお話です。
●読者を引きつける書き方
エペソ2:1~3ですが、原文では1節の冒頭が、
英語でいうところの「be動詞の分詞」(you being・・・)ではじまっており、
3節までが一文ですが、文章としては完結しないままで終わっています。
強いて日本語で表現してみると、3節の終わりの部分が、
「怒りを受けるべき子らで・・・。」
という感じの終わり方をしています。
結論を出さないまま、文が終わっているのです。
「早く結論を教えてくれ~」と、読者に思わせておいて・・・
4節がはじまります。
しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、
罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、――あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです。――
くどいようですが、
どう考えてもパウロは、
「これでもか~ッ!」というくらい
恵みによる救いをアピールしているようです。
●生き方の違いを強調している
こんな訳し方をしています。
それらの中にあってあなたがたは、かつてはこの世界のアイオーンに従って、天空という権勢領域の支配者(アルコーン)に従って、〔すなわち〕不従順の子らの内に今〔でも〕働いている霊に〔従って〕歩んでいた。
その時代の倫理的な質や特徴を指します。
岩波翻訳委員会訳があえて「アイオーン」と書いているのは、
私たちが、この世の倫理基準や価値観に従っていたことを
強調したかったのではないでしょうか。
ちなみにローマ12:2にも使われています。
この世(アイオーン)と調子を合わせてはいけません。
意味は「支配者、統治者、指導者」などです。
おそらく私たちが、
「天空という権勢領域の支配者」であるサタンに従っていたことを
強調したかったのではないかと思います。
●まとめ
昔の私たちは、この世の倫理的基準とサタンに従って生きていました。
今の私たちは、「来るべき世の」アイオーンと神さまにに従ってを生きています。
だいぶ大きな違いですね。
どうりで摩擦が大きいわけだ。
私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
エペソ6:12~13
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