【ミニ投稿】試練と再臨の関連性 1ペテロ1:6~7
新改訳聖書では訳出されていない意味合いを説明します。
●試練の「結果」に重点がある
1ペテロ1:6~7
いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、信仰の試練は、火を通して精練されてもなお朽ちて行く金よりも尊いのであって、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります。
7節で「試練」と訳されているのはドキミオンという言葉です。
この言葉について調べると、試験の結果に重点があると説明されています。
一方、6節の「試練」は7節の「ドキミオン」とはまったく別の言葉で、
ピラスモスは、次の箇所で使われています。
1ペテロ4:12
あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく
ちなみに6節の「ピラスモス」は複数形ですが、7節の「ドキミオン」は単数形です。
ペテロは意識して6節とは違う意味の言葉を7節で使い、
単数形にすることで6節とは別の意味合いを出しているわけですから、
その違いを訳文に現すべきですが、新改訳ではそれがなされていません。
●「~するため」を意味するヒナ
ἵνα τὸ δοκίμιον ὑμῶν τῆς πίστεως πολυτιμότερον χρυσίου τοῦ ἀπολλυμένου, διὰ πυρὸς δὲ δοκιμαζομένου εὑρεθῇ εἰς ἔπαινον καὶ δόξαν καὶ τιμὴν ἐν ἀποκαλύψει Ἰησοῦ Χριστοῦ
上記は7節全体を原文からコピペしたものです。
冒頭に「ἵνα」(ヒナ)という語句が来ていて、全体をくくっています。
新改訳では、このヒナの意味合いが曖昧になってしまっています。
●見出すのが難しいヒューリスコー
また、もう一つ訳出されていない言葉があります。
次の箇所で使われています。
1ペテロ2:22
キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。
このヒューリスコーも、訳出されているのかいないのかわかならい状態です。
本来であればヒナとヒューリスコーが連携して、
「~が見出されるために・・・」という意味合いが訳出されているべきですが、
新改訳にはそれが訳出されていません。
●まとめ
これらの点を総合して新改訳を改良すると、次のような感じになります。
1ペテロ1:6~7私訳
いまは、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、(それは)火を通して精練されてもなお朽ちて行く金よりも尊い信仰の試練の結果が、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉となって見出されるためです。
いかがでしょうか。
こう書かれていれば、試練を受けた報いが再臨のときに見出されることが鮮明になり、
「イエスさま、早く戻って来てくれ~~」という気持ちが強まるのではないでしょうか。
ちなみに岩波翻訳委員会訳は、次のように訳しています。
〔悲しみがあるのは〕火で試されて滅んでしまう金などよりずっと貴重な、あなたがたの信仰の試練〔をへた純正さ〕が、イエス・キリストの現れに際して、称讃と栄光と栄誉に変るためである。
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