ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

【ミニ投稿】ペテロはパウロと同じことを言っていた 1ペテロ5:10


 言葉の意味を調べた結果、ペテロはパウロと同じことを言っていました。
 
 
栄光に預かるように召された
 
1ペテロ5:10 
あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます
 

 
招き入れてくださったという部分ですが、
 
 これはカレオーという言葉で、「呼ぶ」という意味です。
 
 聖書らしい言葉にすると「召す」という表現になります。

 私たちは、栄光の中に召されたのです。
 
   
神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりましたローマ8:30 
 

 
栄光
 
「栄光」と訳されているのはドクサという言葉で、
 
「評判、名声、輝き」を意味しますが、
 
 神について使われた場合は、次のような意味を持ちます。
 
 
ドクサ(栄光)は、旧約聖書の「カボット」(重み)という言葉に相当する。
    どちらの言葉も、神の本質的な価値(実質、本質)を言い表している
 
 

 
しばらく少し/軽く
 
「しばらくの苦しみ」の「しばらく」はオリゴスという言葉です。
 
 1ペテロ510では単数形で書かれているのですが、
 
 単数形の場合は「小さい」というのが原義になります。

 ですから、
 
 時間について言うなら「短い」ということになり、
 
 程度や重さについて言うなら「軽い」ということになります。
 
 

まとめ
 
 地上での「苦しみ」は「短い」ものですが、
 
 後の世で受ける「栄光」は「永遠」です。
 
「栄光」には「重み」がありますが、
 
「苦しみ」の程度は、後の栄光に比べれば「軽い」と言えます。
 
 
今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。ローマ8:18 
 
 
 このように考えると、やはり私たちの神は恵み深いお方だと思います。
 
 ペテロはこのことがわかっていたので、こう書いたのだと思います。
 

 あらゆる恵みに満ちた神・・・        
 
 
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