ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

いろいろな命令形 マタイ8章


 
マタイ8:3 
エスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ。」と言われた。すると、すぐに彼のらい病はきよめられた。
 
マタイ8:13 
それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。
 
 
 上記にある命令の部分には、どちらもアオリスト過去形の命令形が使われています。
 
 アオリスト過去形による命令の特徴の一つは、
 
 行為が即時的に行われるように命令する場合です。
 
 ニュアンスを込めてリフレイズすると、
 
「わたしの心だ。(今すぐ)きよくなれ」
 
「あなたの信じたとおりに、(今すぐ)なるように」となります。
 
 なので、どちらの場合も、即座に癒されています。
 
 
 もちろん、イエスさまが現場でそのようなギリシャ語を使ったという意味ではなく、
 
 筆記者のマタイが、のちの日にそのような判断の下で、書き記しているわけです。
 
 
マタイ6:10 
御国が来ますように。みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように
 
 
 この箇所もアオリスト過去形の命令ですが、
 
 こちらは、目上の存在にリクエストをするときにしばしば使われるパターンで、
 
 動作の総体を描写する場合の使われ方です。

 前出との違いの判別は、文脈で判断するしかありません。

 そういうわけで、

 主の祈りというのは、

 御心が総体的に地上になされることを願う祈りだということがわかります。
 
  
 
現在形による命令
 
使徒21:14 
彼が聞き入れようとしないので、私たちは、「主のみこころのままに。」と言って、黙ってしまった。
 
 
 一方、現在形を使った命令は、動作が継続したり、繰り返される場合に使われます。
 
 上記の「みこころのままに」の部分は現在形の命令なので、
 
 エペソの長老たち(あるいは筆記者のルカ)が、
 
 パウロの身に御心が継続的になされることを願っていたということがわかります。
 
 
あとがき
 
 まるっきりギリシャ語文法の記事になってしまい、すみませんでしたm(_ _)m
 
 
参考2:「The Basics of New Testament Syntaxby Daniel Wallace