ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

にせ預言者というのは信者か非信者か? マタイ7:23


 
 前回の記事で8章の御言葉について書きましたが、
 
 少し戻って次の箇所について書こうと思います。

 
マタイ7:21~23
わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。
その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行なったではありませんか。』
しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』
 
 
 この箇所を取り上げる理由は、23節のイエスさまの言葉が、
 
 クリスチャンに対して語られているものだと誤解する人がいるからです。
 
 イエスさまは、クリスチャンに対してこのような言葉は語りません。
 
 この厳しい言葉を浴びる人たちは救われていない人たち(にせ預言者)なので、
 
 それを説明したいと思います。
 

●説明
 
 イエスさまは、15節から「にせ預言者たち」について話し始めて、こう言います。
 

彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。
 

「なり」と訳されているのは「服装」のことで、

 マタイ3:4のヨハネの「着物」と同じ言葉です。
 
 にせ預言者たちは、外見的には羊(信者)のように見えますが、

 内側は狼(信者の敵)です。

 彼らが信者の仲間ではなく敵であることは、次の事実からもわかります。
 
 23節の後半は、詩篇6:8の引用です。
 
 
詩篇6:8 
不法を行なう者ども。みな私から離れて行け。主は私の泣く声を聞かれたのだ。
 
 
 そして詩篇67を見ると、「不法を行なう者ども」は「」だと書かれています。
 

詩篇67
私の目は、いらだちで衰え、私のすべてののために弱まりました。


 さらに23節の「全然」と訳されているウデポテという言葉は、
 
一度も~ない」という意味の強い否定語です(使用例:使徒148)。
 
 
使徒14:8(新共同訳) 
リストラに、足の不自由な男が座っていた。生まれつき足が悪く、まだ一度も歩いたことがなかった
 
 
 また23節で「知らない」と訳されている部分は、原文ではアオリスト過去形です。
 
 ウデポテと合わせると、

「わたしはあなたがたを、これまでに一度も知ったことがない」というのが直訳です。

 
 これが意味するのは、

 にせ預言者たちはイエスさまと霊的な関係を築いたことが一度もないということで、

 すなわち救われていないということです。
 
 
まとめ

 そういうわけで、
 
 23節で厳しい言葉を浴びせられるのは救われていない「にせ預言者たち」です。
 
 イエスさまがクリスチャンに対して、このような言葉を語るというのは誤解です。
 
 お間違えのないよう、気をつけてください。