ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

「つまずく」の意味 マタイ26:31


 
「つまずく」というのは、世間一般での意味は単純でわかり易いと思いますが、
 
 聖書の中で使われた場合、具体的にどういう意味なのでしょうか?
 
 基本的なところを抑えましょう。
 
 
マタイ26:31 
そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散り散りになる。』と書いてあるからです。
 
 
「つまずく」というのはスカンダリゾーという言葉で、英語のスキャンダルの語源です。
 
 原義は「罠を仕掛ける」「罠にはまる」です。
 
 セイヤーのギリシャ語辞典では、大きく2つの使われ方に分類されています。
 
 
罪を犯すように誘惑する 
 
マタイ5:29
もし、右の目が、あなたをつまずかせるなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに投げ込まれるよりは、よいからです。
 
2コリント11:29 
だれかが弱くて、私が弱くない、ということがあるでしょうか。だれかがつまずいていて、私の心が激しく痛まないでおられましょうか。
 
 
誰かを疑うようになり、信頼すべき人から離れる
 
マタイ17:27 
しかし、彼らにつまずきを与えないために、湖に行って釣りをして、最初に釣れた魚を取りなさい。その口をあけるとスタテル一枚が見つかるから、それを取って、わたしとあなたとの分として納めなさい。

 
 マタイ26:31 (今日の箇所)は、この②に含まれます。

 また、誰かを怒らせる場合も②に含まれます。
 
 
マタイ15:12 
そのとき、弟子たちが、近寄って来て、イエスに言った。「パリサイ人が、みことばを聞いて、腹を立てたのをご存じですか。」
 

 
あとがき
 
 他の人をつまずかせないようにすることは、難しいですね。
 
 イエスさまですら、パリサイ人をスカンダリゾーしました。
 
 逆に言うと、人を怒らせることは、必ずしも罪ではないということですね。
 
 パリサイ人の場合、怒った彼らのほうに問題があったわけです。
 
 現代社会もこのケースが多いかもしれません。
 
 ポリティカル・コレクトネスなどは、まさにこれですね。
 
 信仰のゆえに誰かを怒らせても、
 
 相手に問題がある場合は、落ち込むのではなく、かえって胸を張りましょう。