ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

ノアの箱舟はギルガメシュ叙事詩をまねたもの?

 
 「ギルガメシュ叙事詩」は「聖書の現象」ではありませんが、ノアの箱舟の聖書記事を批判する材料になっているため、前回の記事との絡みで記事にしておこうと思います。
 
 批判の一例として、あるキリスト教進歩主義の方はSNS上でこう語っています。
 
ノアの方舟を字義どおり歴史的に起きたとするのは流石に無理があるでしょう。
1. 6章は2匹ずつ、7章は特定の動物を7匹ずつ、という違いがある。
2. 陸で別れていた動物がどうやって来たのか。当時大陸が一つだったいうのは後付けの妄想に過ぎない。
3. 明らかに、ノアの箱舟よりも1000年も前に書かれたギルガメッシュ叙事詩と被りまくっている。
他にも疑問に思うところがありますかね?僕は完全に神話と見ています。
 
                               (引用終わり)
 
ギルガメシュ叙事詩と創世記の比較
 
 両者のどこが類似しており、どこが違うかについては、下の表をご覧いただくか、ウィキペディアのリンク「ギルガメシュ叙事詩」の洪水伝説の欄をお読みください。
 
創世記とギルガメシュ叙事詩の比較

 
創世記
洪水の範囲
地球規模
地球規模
原因
人類の邪悪さ
人類の罪
対象
全人類
特定の都市と全人類
行為者
神々
英雄の名称
ノア
ウトナピシュティム
英雄の特徴
宣告手段
神の語り掛け
船の建造命令の有無
あり
あり
英雄は不平を言ったか
なし
あり
船の高さ
3階建
7階建
内部の部屋数
多数
多数
出入り口
1カ所
1カ所
窓の数
最低1カ所
最低1カ所
外壁の防水加工
タール(新改訳:やに)
タール/やに
箱舟の形状
楕円形
立方体
人間の乗員
ノアの家族のみ
家族のほかにも数名
その他の同乗者
あらゆる種類の動物(脊椎動物
あらゆる種類の動物
洪水の手段
地下水と大雨
大雨
洪水の期間
長期(4040夜)
短期(66夜)
陸地の確認方法
鳥を放つ
鳥を放つ
鳥の種類
カラスと3羽の鳩
鳩、ツバメ、カラス
箱舟の到着地点
アララテ山
ニシル山
洪水後の生贄
ノアが奉献
ウトナピシュティムが奉献
洪水後の祝福
あり
あり

 
 
反論
 
 日本人クリスチャンで、米国でギルガメシュ叙事詩を研究された「おさないのぞみ」さん(注1)によると、創世記の洪水説話はギルガメシュ叙事詩のそれを真似たものだとする批判は、アレクサンダー・ハイデル/Alexander Heidelの著作に基づくものです。
 
 ハイデルはこう言っています。
 
The most widely accepted explanation today is the second, namely, that the biblical account is based on Babylonian material.”(注2)

「こんにち、最も広く受け入れられている説明は、聖書の説話がバビロニアの資料に基づいているというものである。」
 
 しかし、のぞみさんは、論文の第1章(英語)の中で、ギルガメシュ叙事詩の粘土板6には、「アトラ・ハーシス叙事詩」の粘土板3との共通要素や共通用語が多いため、ギルガメシュ叙事詩は「アトラ・ハーシス叙事詩」がもとになっているという見方が一般的だと述べています。
 
 つまり、ギルガメシュ叙事詩の洪水伝説の起源がいつかは不確かだということです。そして「ハイデルは、ギルガメシュ叙事詩がシュメール語の伝説に基づいている可能性を示唆している」としています。
 
 事実、「シュメール語の粘土板には、ギルガメシュ叙事詩粘土板3、5、6、7、12に書かれているエピソードが記されている」と、のぞみさんは述べています(注3)。
 
 また、「ハイデルは、ギルガメシュ叙事詩の洪水伝説の英雄ウトナピシュティム(いのちの発見者/獲得者)という名前が、シュメール語の洪水伝説の英雄シウスドラ(遥か先の時代の命をつかんだ者)に由来する可能性が極めて高いと述べています(Heidel, p. 227.)。
 
 もしギルガメシュ叙事詩がシュメール語の説話に由来しているのが事実なら、シュメール語の説話が歴史的事実にを基に書かれている可能性が出て来るということです。
 

☆ ☆ ☆
 
イメージ 1注1
おさないのぞみ http://creation.com/nozomi-osanai
2004年、文学修士取得、アッカド語研究(米国ウエスレー聖書大学)
同大での論文「ギルガメシュ叙事詩と創世記における洪水記録の比較」
神学修士(東京聖書神学校、神戸ルーテル神学校)
 
注2
Alexander Heidel, The Gilgamesh Epic and Old Testament Parallels, University of Chicago Press, Chicago, 1949; paperback edition, p.261, 1963.
 
注3
Heidel, pp. 1314. The umbaba episode (IIIV) is also contained in tablet II. Frayne, pp. 104143. Tablet XII contains the second half of the Sumerian epic poem, Gilgamesh, Enkidu, and the Netherworld.” Moran, p. 2335.
 
 
結論
 
 のぞみさんの論文は「導入」と「結論」を含めると9章あり、すべてを要約するには紙幅が足りませんので、以下に「結論」を要約します。
 
全論文をご覧になりたい方はコチラ→ Nozomi Osanai(英語)
 
 のぞみさんは、一般的に議論となのるは次の3つだとしています。
 
ギルガメシュ叙事詩の洪水伝説は、創世記に由来している
②創世記の洪水説話は、ギルガメシュ叙事詩に由来している
③両者とも、共通のソースに基づいて書かれた
 
 のぞみさんは、①を支持する学者はほとんどいないとした上で、②の仮説に進みます。
 
 ②の場合、創世記の著者は、多くの点を改訂しなければならないとのぞみさんは言います。
 
 そのほんの一部として、多神論から絶対的単神論への改訂、雨だけによる洪水から地下水と雨への改訂、6日6夜から4040夜へ、不安定な立方体の船から安定した楕円形の船に設計を変更…などなど、改訂事項は多岐に渡ります。
 
 ギルガメシュ叙事詩と創世記の類似点は多いものの、改訂が必要な点も多々あるため、②の可能性は「考えられない」とのぞみさんは結論します。
 
 結論としてのぞみさんは、③を支持します。
 
 1章で述べたとおり、ギルガメシュ叙事詩はシュメール語の説話に由来する可能性が高く、そのシュメール語の説話は歪められている部分もあるものの、史実性が高いとのぞみさんは言います。
 
 一方、具体性、科学的信憑性、説話内部の一貫性、世俗の記録との整合性、世界中に見られる洪水伝説との共通性などの点で、創世記の洪水説話は、正確な歴史的記録として叙事詩よりも受け入れられるとしています。
 
 そして最後に、モーセが資料として使用したもの一部は、こんにち存在しないものの、創世記の編纂過程には神の導きがあったはずだとのぞみはさんは述べ、
 
ギルガメシュ叙事詩と創世記の相違を検証した後、筆者としては、ギルガメシュ叙事詩の洪水説話は、歴史的正確性が失われ、また歪曲されている一方、創世記の洪水説話は、歴史的に正確な記録であると結論づけることが合理的に思える」と結んでいます。


●あとがき
 
 ギルガメシュ叙事詩を、専門に研究した日本人クリスチャンがいたとは驚きです。
 
 結論の選択肢②を支持するなら「如何にもクリスチャンらしい」ということになりますが、のぞみさんは研究者として③を支持しています。
 
 この客観性は、信頼に値すると私は思いました。
 
 つまり、創世記はギルガメシュ叙事詩のパクリではないであろうことがわかった一方で、創世記が大洪水のオリジナルの記録でもない可能性が高いということです。
 
 のぞみさんの論文は、米アンサーズ・イン・ジェネシスとクリエイション・ミニストリーズの双方から評価されており、現時点で、私たち福音主義のクリスチャンが最も頼りにできる護教論文と言えそうです。

 おわり