ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

コメントに対する応答 続編

 
 この記事では、私が前回の投稿で述べた「理論のすり替え」について説明したいと思います。
 
 ミクさんは「残念な批判記事」に対する一連のコメントの中で、ヨハネ1426や同1613を1コリント2章や同12章を材料にして解釈しています。
 
 この手法そのものが誤りであることを、例話を交えてわかりやすくご説明します。
 
 
●説明
 
 両性具有と呼ばれる男女両性を兼ね備えた人がいることは、皆さんご存知だと思います。
 
 言うまでもありませんが、両性具有の方々は人間です。
 
 これは真理です。
 
 一方、イエスさまはマタイ194で、神は人間を男と女とに造られたと教えておられます。
 
 言うまでもなく、「神は人間を男と女とに造られた」という教えも真理です。
 
 いま仮に、「人間は男か女のどちらかなのだから、両性具有は人間ではない」と論じたとしましょう。
 
 言うまでもなく、この結論は誤りです。
 
「神が人間を男と女に造られた。だから人間は男か女である」というのは真理ですが、
 
 その真理を引き合いに出して両性具有を解釈した結果、誤った答えが導き出されました。
 
 どうして、こうなるのでしょうか?
 
 それは、前者の真理が例外的な真理である一方、後者の真理は一般的な真理だからです。
 
 例外的な真理を一般的な真理で解釈すると、誤った答えが生じるのです。
 
 前者と後者とではカテゴリーが別であるにもかかわらず、
 
 両者を混同して解釈した場合、理論のすり替えが生じるのです。
 
 ミクさんが一連のコメントの中で犯した誤りもこれと同じです。
 
 ヨハネ1426や同1613が言及している真理は、十二弟子だけに語られた例外的真理です。
 
 一方、1コリント2章や12章が言及している真理は、すべてのクリスチャンに当てはまる一般的真理です。
 
 ですから、ヨハネの箇所の例外的真理を1コリントの一般的真理で解釈した場合、例話と同じように誤った結論が生じます。
 
 こういうわけで、一見もっともらしく見える説明であっても、カテゴリーを混同したために理論のすり替えが生じたのです。
 
 そのような論理に基づいたミクさんの説明では、正しい結論は導き出せません。
 
 従って、残念ながらミクさんが一連のコメントで述べておられる事の中には、幾つもの誤りが含まれているのです。
 

●あとがき

 鞭木先生やグルーデムといった神学者は、上記のような手法が誤りであることを承知しているはずです。
 
 それゆえ私たちは謙虚な姿勢を持ち、専門的な訓練を受けた学者の見解に敬意を払うべきだと思います。
 
 終わり