ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

ヨベルの年とイエスの関係


 ルカの福音書の学びからです。


ルカ1:1-2・新共同訳
わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。 
 
 上の箇所で「実現した」と訳されているのは、プレロフォレオー(最大限に成し遂げる)という言葉です
 
 それの受身形が完了時制で書かれているので、「私たちの間で最大限に成し遂げられた(複数の)事柄」というのが直訳です。
 
 岩波翻訳委員会訳は、「私どものもとで成し遂げられた〔さまざまの〕事柄について」と訳しています。
 
 ところで、誰が成し遂げたのでしょうか?
 
 2節に、「初めからの目撃者」とあることから(新改訳)、目撃された中心人物であるエスさま成した遂げた事柄と理解すべきだと思います。
 
 イエスさまが成し遂げたことは沢山ありますが、この記事ではその一つについて書こうと思います。
 
新改訳聖書では「確信されている
 
 
●ヨベルの年  
 
ルカ4:1819 
「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油を注がれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕われ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、主の恵みの年を告げ知らせるために。」
 
 
 この箇所はイザヤ61:1の引用です。
 
 ですから、イエスさまはイザヤの預言を成就した、というのはもちろんのことです。
 
 しかし、上記にある「赦免」(ギ:アフェシス)という言葉は、七十人訳では罪の赦しを意味しています。
 
 特に、レビ記25章の「ヨベルの年」に関連していると言われています
 
 
 
あなたがたは第五十年目を聖別し、国中のすべての住民に解放(アフェシス)を宣言する。これはあなたがたのヨベル(アフェシス)の年である。あなたがたはそれぞれ自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰らなければならない。
 
 
 七十人訳レビ記25:10を見ますと、「解放」に当たる部分がアフェシスですが、「ヨベル」の部分にもアフェシスが使われています(原文参照)。
 
 
καὶ ἁγισετε τὸ ἔτος τπεντηκοστν νιαυτν καδιαβοσετε φεσιν(解放)πτς γς πσιν τος κατοικοσιν ατν· νιαυτς φσεως(ヨベル)σημασα ατη σται μν, καὶ ἀπελεσεται ες καστος ες τν κτσιν ατοῦ, καὶ ἕκαστος ες τν πατρδα ατοῦ ἀπελεσεσθε
 
 
 そういうわけで、イエスさまご本人をはじめ、七十人訳に親しんでいた当時のユダヤ人にとって、ヨベルの年=赦免の年であったと言えます。
 
 イエスさまがナザレのシナゴーグで読まれたイザヤ書も、七十人訳だったかもしれません。

 そして、それを読まれたイエスさまは、
 
「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました」と言われました(ルカ4:21)。
 
 このとき、ご自分が、より完全な意味のヨベルの年を実現しようとしていることが念頭にあったのは、まず間違いないと思います。 
 
 リンクの説明に、「ヨベルの年の基本理念は、原状回復です」とあるとおり、
 
 イエスさまは罪の捕らわれ人であった私たちの罪を赦免し、神さまとの関係を原状回復してくださったのです。
 
 リンクの説明には、さらにこう書かれています。
 
「しかし、旧約聖書の中には、この規定が実際に実行されたという記事はありません。」
 
 もし本当に実行されなかったとしたら、それはイエスさまが最大限に成し遂げるためだったのかもしれません。
 
 終わり