聖書協会共同訳・ヨハネ11:33の別訳に関する考察
聖書協会共同訳・ヨハネ11:33
「憤りを覚え」の部分には注が付いており、欄外に次のように書かれています。
直訳「激しく息をつき」(P186)
この別訳を見たとき、はじめは「なるほど。そうなのか」と思いました。
しかし私の知る限り、このような訳し方をした英語訳聖書はありません。
そこで、原文などを調べてみたところ、どうやらこの翻訳には無理があることがわかりました。
●ギリシャ語の表現
(P181)
ここで、少々ギリシャ語文法の話をすることになります。
「息をつき」という訳語になるためには、プニューマが対格でなければなりません。
対格というのは訳したときに、「~を」となる名詞の語尾変化をいいます。
ἐνεβριμήσατο τῷ πνεύματι καὶ ἐτάραξεν ἑαυτὸν
彼は憤りを表した in spirit(霊に) そして (彼自身の)心を乱して、
N-DNS
このうちのDは、dative(与格)を表す記号です。
つまり、この箇所のプニューマは対格ではなく与格ですから、「~を」と訳すことはできません。
与格の場合、「~に」と訳すことになり、「息を」という具合に対格として訳すことはできません。
ですから、聖書協会共同訳・脚注のように「激しく息をつき」と訳すことには無理があると言わざるを得ません。
マルコ7:34・新共同訳
そして、天を仰いで深く息をつき(ステナゾー)、その人に向かって、「エッファタ」と言われた。
マルコ7:34・新改訳2017
そして天を見上げ、深く息をして(ステナゾー)、その人に「エパタ」、すなわち「開け」と言われた。
●新約聖書中の使用箇所
次に、エンブリマオマイが使われている聖書箇所を見てみましょう。
以下に挙げる箇所の強調部分がエンブリマオマイです(ヨハネを除く)。
マタイ9:30
マルコ1:43
マルコ14:5
この香油なら、三百デナリ以上に売れて、貧乏な人たちに施しができたのに。」そうして、その女をきびしく責めた。
エンブリマオマイ+プニューマ・与格の「直訳」が、「激しく息をつき」となるという見解には大きな疑問が残ります。
むしろ、従来の新改訳の「霊の憤りを覚え」や新改訳2017の「霊に憤りを覚え」のほうが直訳に近いと言えます。
そういうわけで、残念ながら、聖書協会共同訳の「激しく息をつき」という別訳は極めて怪しいと言わざるを得ません。
折角ですから、ごく手短にこの箇所の意味に触れておこうと思います。
NETバイブルの注釈には、次のように書かれています。
Was he angry at the afflicted? No, but he was angry because he found himself face-to-face with the manifestations of Satan’s kingdom of evil. Here, the realm of Satan was represented by death.
おわり