ダビデの日記

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「低い所、つまり地上」それとも「地の低い所」エペソ4:9


 新改訳・最新版のエペソ4:9を見たところ、次のように訳されていました。
 
 
新改訳2017・エペソ4:8~10
8 そのため、こう言われています。「彼はいと高き所に上ったとき、捕虜を連れて行き、人々に贈り物を与えられた。」
9 「上った」ということは、彼が低い所、つまり地上に降られたということでなくて何でしょうか。
10 この降られた方ご自身は、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも高く上られた方でもあります。
 
 一方、従来版の新改訳はこうでした。
 
新改訳
8 そこで、こう言われています。「高い所に上られたとき、彼は多くの捕虜を引き連れ、人々に賜物を分け与えられた。」
9 ――この「上られた。」ということばは、彼がまず地の低い所に下られた、ということでなくて何でしょう。
10 この下られた方自身が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも高く上られた方なのです。――
 
 
 前者のように、「彼が低い所、つまり地上に降られた」と訳した場合、キリストの受肉と解さざるを得ません。
 
 一方、後者の「地の低い所に下られた」という表現は、キリストが十字架で死んだ後、地球の奥深い所に行かれたと解することを可能にします。
 
 どちらの訳文が正しいのでしょうか?
 
 
●最新版の訳文を支持する要素
 
 まず初めに、最新版の訳文を支持する要素を挙げたいと思います。
 
①2つの邦語訳聖書
 
 聖書協会共同訳と新共同訳は、新改訳・最新版をサポートする訳し方をしています。
 
 
聖書協会共同訳・エペソ4:8~10
8 そこで、こう言われています。
「高い所に昇るとき、捕らわれ引いて行き/人々に贈り物を分け与えられた
9 「昇った」というのですから、低い所、地上に降りておられたのではないでしょうか。
10 この降りて来られた方ご自身が、すべてのものを満たすために、あらゆる天よりも更に高く昇られたのです。
 
新共同訳
8 そこで、「高い所に昇るとき、捕らわれ人を連れて行き、人々に賜物を分け与えられた」と言われています。
9 「昇った」というのですから、低い所、地上に降りておられたのではないでしょうか。
10 この降りて来られた方が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも更に高く昇られたのです。
 
 
 これら2つの聖書は、新改訳の従来版と同じ見方で訳しています。
 
 
ギリシャ語文法
 
エペソ49後半
ες   τ καττερα  [μρη]  τς  γς;
~へ より低い(形容詞の比較級)〔領域〕  地球(属格)
                               出典:NA28
 
 このエペソ49後半を「低い所、つまり地上」と読むべき理由があります。
 
「低い所」に当たる言葉の後ろに来ている「γς/ゲース」(地球)が同格の属格である場合、「A、すなわちB]と訳すべきであるとする文法的ルールがあります。
 
 以下に、それについて述べているNETバイブルの注釈を抜粋します。
 
A second option is to translate the phrase of the earthas a genitive of apposition:to the lower parts, namely, the earth(as in the present translation). Many recent scholars hold this view and argue that it is a reference to the incarnation.
第二の選択肢は、「地の」というフレーズを「同格の属格」と解し、「低い部分、すなわち地球」と訳すことである。近年、多くの学者がこの見方を採用しており、このフレーズはキリストの受肉を指すと論じている。    



 ギリシャ語文法に関心のある方は、以下の説明もお読みになるとよいかと思います。
 
 以下は、ダニエル・ウォレス博士(ダラス神学校)が著したギリシャ語文法書からの抜粋です。
 
同格の属格の見分け方
Every genitive of apposition, like most genitive uses, can be translated with of + the genitive noun. To test whether the genitive in question is a genitive of apposition, replace the word of with the paraphrase which isor that is,” “namely,or, if a personal noun, who is.If it does not make the same sense, a genitive of apposition is unlikely; if it does make the same sense, a genitive of apposition is likely.
 
すべての「同格の属格」は、大抵の属格の場合と同様に、「~の」と訳すことができる。問題の属格が「同格の属格」か否かを見分けるには、その属格表現を「すなわち、つまり」などと言い換えてみて、意味が通らなければ「同格の属格」ではない可能性が高い。しかし、意味が通る場合、それは「同格の属格」である可能性が高い。
 
Wallace, Daniel B.; Wallace, Daniel B.. The Basics of New Testament Syntax: An Intermediate Greek Grammar (Kindle の位置No.888-891). Zondervan. Kindle .
 
 
 エペソ49後半は、「地の低い所」と訳すこともできますが、上記の説明にあるとおり、「低い所、つまり地上」と言い換えてみた場合、確かに意味が通ります。
 
 そのため、この箇所は「同格の属格」である可能性が高いことになります。
 
 新改訳2017が「低い所、つまり地上」と訳した理由には、恐らくこういった理由があるのではないかと推測します。
 
 
●従来版の訳文を支持する要素
 
 それでは、従来版を支持する要素を考えてみましょう。

①他の邦語訳
 
 従来の訳文を支持する一つ目の要素として、主な邦語訳があります。
 
 先の二つを除くすべての邦語訳が、新改訳の従来版を支持する要素になります。
 
 
②原文の自然な読み 
 
 また、原文を自然に読むなら、新改訳の従来版が有利です。
 
エペソ49後半
ες   τ καττερα  [μρη]  τς  γς; 
~へ より低い(形容詞の比較級)〔領域〕  地球(属格)
                             出典:NA28
 
 これを自然な読み方で直訳しますと、次のようになります。
 
 直訳:(キリストは)地球のより低い領域へ(下られた)
                               
 
③1ペテロ3:19 
 
 第三に、1ペテロ3:19の内容があります。
 
 これについては、新改訳2017の改訂理由を以下に抜粋しましたので、こちらをご参照ください。
 
 次に、第3版では「その霊において、キリストは捕らわれの霊たちのところに行って、みことばを語られた」と訳されていたI ペテロ3:19を考えましょう。問題は、「捕らわれの霊たち」がだれを指しているかです。死者の霊ととり、キリストは死者の世界=陰府で福音を伝えたとする解釈があります。また、続く20節に、「ノアの時代に……従わなかった霊たち」とあることから、受肉前のキリストが、ノアの時代にも語りかけていたとする見方もあります。
 
 しかしながら、新約聖書において「霊=プネウマ」の複数形は、普通「悪霊たち」のことです。「(神の)七つの御霊」という表現(黙示録)や、「御使い」を意味する「霊」、旧約時代の聖徒たちに言及すると思われる「完全な者とされた義人たちの霊」もありますが、死者の霊を表す明白な箇所はありません。また、「捕らわれている」は直訳すれば「牢獄にいる」で、黙示182では「汚れた霊たちの巣窟」、107ではサタンが閉じ込められていた「牢」を意味しています。そこで、「捕らわれの霊たち」は「堕落して閉じ込められていた御使いたち/霊たち」のことと理解すべきでしょう。
 
 また、これまで「みことばを語られたのです」と訳されてきた動詞ケーリュッソーの意味は「宣言する」ですが、宣言の内容を示す目的語がありません。福音を語ったことを明らかにしようとしたのであれば、ペテロは1:1225で用いているエウアンゲリゾーを使用したでしょう。続く文脈、この章の結びの22節で、イエス・キリストが神の右の座に就き、御使いたちやもろもろの権威、権力を従わせたことが語られていることからすると、宣言の内容は勝利やさばきであったと考えるのがよいと思われます。
 
2017その霊においてキリストは、捕らわれている霊たちのところに行って宣言されました。
 
 この箇所はまた、善を行っていながら苦しみにあっているキリスト者たちを励ます文脈にあります。同じ様な苦しみを通りながら救いにあずかったノアとその家族たちに言及するのもそのためです。そうであればなおのこと、キリストも苦難にあいながら、高く挙げられ、反対する霊たちに勝利やさばきを宣言された、と理解するのがよいのではないでしょうか。
                引用元:【聖書翻訳の最前線】新改訳2017 12
 
 
 上記の説明が正しいとすれば、キリストは死と復活の間に「捕らわれている霊たちのところ」に行かれたことになります。
 
 つまり皮肉にも、従来版の「まず地の低い所に下られた」という訳文を支持することになるわけです。

 
④エペソ4:10との対比
 
 ギリシャ語文法よりも、文脈を重視する私としては、このを最大の理由としたいところです。
 
 それではもう一度、エペソ4:8~10を見てみましょう。
 
 
新改訳
8 そこで、こう言われています。「高い所に上られたとき、彼は多くの捕虜を引き連れ、人々に賜物を分け与えられた。」
9 ――この「上られた。」ということばは、彼がまず地の低い所に下られた、ということでなくて何でしょう。
10 この下られた方自身が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも高く上られた方なのです。――
 
 
 パウロは明らかに、9節の「地の低い所」と10節の「もろもろの天」を対比しています。
 
 その理由は、「すべてのものを満たすために」という結論を導き出すためです。
 
(原文では、「すべてのものを満たすために」というフレーズが文章の一番最後に来ています)
 
 特に、「すべてのものを満たす」という表現にご注目ください。
 
「すべてのもの」をカバーするには、天から「地の低い所」に至る全領域にあるものすべてが含まれなければなりません。
 
 天と地上だけでは、「すべてのもの」をカバーすることにはなりません。
 
 具体的に言うなら、地中奥深くの「牢獄にいる」ところの「堕落した御使いたち」も含まれなければなりません。
 
 そうでないなら、「すべてのもの」と言うことはできません。
 
 従って、キリストは「すべてのものを満たすために」「地の低い所」にまで下る必要があったと考えるべきです。
 
 よって、新改訳・従来版の訳文が、文脈的かつ論理的に整合性の高い訳文と言えます。
 
 おわり