2019-02-26から1日間の記事一覧
前回の投稿で、私はピスティス・クリストゥを「キリストへの信仰」と解することが可能であると述べました。 こうした解釈の仕方を客体的解釈(キリストを信仰の客体として解釈すること)と呼ぶことにします。 それに対して、私が挙げた根拠では不十分だとの…
前回の記事を読まれた方から情報提供がありました。 それは聖書協会共同訳の翻訳委員をされた阿部包(あべつつむ)氏といわれるカトリック系聖書学者の講演録でした。 読んでみたところ、聖書協会共同訳・翻訳委員会の内情の一端が垣間見えたような気がしま…