ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

第二正典(トビト書)の問題点


 カトリック正教会は、外典の「トビト書」を聖書として信じています。
 
 この書物には、少なくとも2種類の教理的問題があります。
 
 ①施し(募金)で死を回避できる  
 
 ②魔術的な手段で悪霊追出しや目の癒しができる 
 
 以下にこれらを教える箇所を挙げます。
 
 
死の回避
 
トビト書4810
お前の財産に応じて、豊かなら豊かなりに施しをしなさい。たとえ、少なくても少ないなりに施すことを恐れてはならない。10施しをすれば、人は死から救われ、暗黒の世界に行かずに済むのである。
 
                         (新共同訳・続編P4より引用)

 
 このようにトビト書は、募金をするなら死を回避できると教えています。
 
 しかし、言うまでもありませんが、施しをしても死を避けることはできません。
 
 
へブル9:27
そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、
 
 
 死に勝利したのは、イエス・キリストだけです。

 
使徒2:24
しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです。
 
 
魔術による悪霊追出しと目の癒し
 
 次に、魚の内臓を使った魔術による悪霊追出し、悪魔祓い、目の癒しの箇所を抜粋します。
 
トビト書68・悪霊追出し
そこでラファエルは答えた。「魚の心臓と肝臓は、悪魔や悪霊に取りつかれている男や女の前でいぶしなさい。そうすれば、悪霊どものどんな力も消えてしまい、今後一切その人に及ぶことはありません。
 
トビト書69・目の癒し
胆のうは、目にできている白い膜に塗り、その部分に息を吹きかけなさい。そうすれば、目は良くなります。」
 
トビト書61718・悪魔祓い
初夜の床に入るとき、魚の肝臓と心臓を持って行き、香をたいてその上に置きなさい。そうすれば、においが立ちこめ、悪魔はそれをかいで逃げ出し、二度とあの娘のところには姿を現すことはないでしょう。…彼女を悪魔から救い出すのはあなたであり、彼女はあなたと生涯を共にするのです。…
 
トビト書823悪魔祓い
トビアはラファエルの言葉を思い出し、魚の肝臓と心臓を袋から取り出し、香をたいてその上に置いた。魚のにおいが悪魔を追い払い、悪魔はエジプトの方へ逃げて行った。そこでラファエルは後を追い、悪魔を捕らえて、その場で手足を縛り上げた。
 
トビト書118・目の癒し
魚の胆のうを目に塗ってあげなさい。それが薬となって、白い膜は縮み、目からはがれてしまいます。そしてお父上は視力が回復して再び光を見ることができるのです。」
 
                       (新共同訳・続編P6P10より引用)
 
 ラファエルなる天使は68で、魚の内臓を悪霊に憑かれた人の前で「いぶしなさい」と教えています。
 
 そうすれば悪霊の力が消えると。
 
「いぶしなさい」を七十人訳で見ると、カプニゾーという動詞が使われています。
 
 カプニゾーは「煙を出すために燃やす」という意味の言葉ですから、トビト書68の行為は紛れもなく魔術です。
 
 しかし聖書は、明確に魔術や呪術の類を禁じています(申命記1810141926使徒13:810)。
 
 ちなみに、「ラファエル」という天使が登場していますが、プロテスタントユダヤ教の聖書には一度も登場しません。
 
 
●おわりに
 
 このようにトビト書には、非聖書的な記述が多数含まれています。
 
 このような書物を正典として信じることは、プロテスタントでは考えられません。
 
 カトリック正教会の方からすると言葉が悪いと思われるかもしれませんが、これらの行為はオカルトです。
 
 こういった行為を信じる団体はカルトです。
 
 聖書に従うなら、こうした行為を教える「ラファエル」なる天使は、光の天使に化けたサタンです。
 
 
2コリント11:14
しかし、驚くには及びません。サタンさえ光の御使いに変装するのです。
 
 
 おわり