「知恵」「行ない」の意味 マタイ11:19
「知恵の正しいことは、その行ないが証明します」というのは、
どいう意味でしょうか?
これについて調べてみました。
マタイ11:19
人の子が来て食べたり飲んだりしていると、『あれ見よ。食いしんぼうの大酒飲み、取税人や罪人の仲間だ。』と言います。でも、知恵の正しいことは、その行ないが証明します。
まず「知恵」の意味についてですが、
ほとんどの聖書注解者は、
この箇所でイエスさまが言っているのは、
しかし知恵が正しいことは・・・と、話が展開されています。
ここまで来るわかると思いますが、
「知恵」という言葉は、ヨハネとご自分の教えのことを指しています。
また「行ない」は、知恵を実践した結果として生じる行ないのことです。
この解釈は、ルカの福音書にある並行記事と一致します。
ルカ7:35
だが、知恵の正しいことは、そのすべての子どもたちが証明します。
「子ども」と訳されているのはテクノンという語で、
この箇所の場合、「師から教えを受ける弟子」を意味します。
この箇所のテクノンは、文字通りの子供のことではなく、
ですから言葉は違っていても、マタイとルカは同じ内容を記しています。
それを実行する人々によって証明されると言っているわけです。
批判している人たちは、それがわかっていないから批判するのだ、
という暗示もあります。
教えとその実践の重要性を説く講話は、マタイの他の箇所にも見られます。
こういうわけで、あなたがたは、実(教えとその実践)によって彼らを見分けることができるのです。
マタイ7:24
だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なう者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。