ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

バベルの塔以前の言語は一つだったのか複数だったのか? 創世記10章と11章

 
「聖書の現象」に関する記事です。
 
 
創世記10:5、20、31 
これらから海沿いの国々が分かれ出て、その地方により、氏族ごとに、それぞれ国々の国語があった。
以上が、その氏族、その国語ごとに、その地方、その国により示したハムの子孫である。
以上は、それぞれ氏族、国語、地方、国ごとに示したセムの子孫である。
 
創世記11:1 
さて、全地は一つのことば、一つの話しことばであった。
 
 
 創世記10:5、20、31によると、当時の人類は様々な言語で話していたようです。

 しかし同11:1には「全地は一つのことば、一つの話しことばであった」とあります。
 
 これらの記述は矛盾するのではないか、という疑問があります。
 
 私たちは、どう考えるべきでしょうか?
 
 
解決案
 
Gleason Archer's Encyclopedia of Bible Difficulties」(グリーソン・アーチャー聖書難解事典)から、この疑問に対する説明を抄訳します。
 
 
創世記10章の内容は、アブラハムの直前の時代(紀元前約3000年)に至るまでの全行程を含んでいる。   
 
創世記の著者は、その全行程を調べた上で、洪水直後に起きた重要な出来事、すなわち創世記11:1~9に書かれているバベルの塔建設時の言語の混乱に遡って言及しているのだ。
 
ハム、セムヤペテから派生した様々な部族は、当時、同じ言語を話しながらも、部族の独自性を維持することに注意を払っていた。
 
神が彼らの傲慢な「世界統一」構想に終止符を打ったとき、神は彼らの言語を混乱させ、互いに理解し合えないようにされた。
 
こうして彼らは、集団的な計画を継続できなくなった。
 
言語の混乱以降であっても、部族内の言語の相違は決定的なものではなく、血筋を維持できる程度の意思疎通は可能であったと推測される。
                               (P80~P81より)


●あとがき
 
 理解のポイントは、創世記10章が言語の混乱以前と以降を含む長期間にわたる内容である反面、
 
 創世記11章の内容は、バベルの塔と言語の混乱にまで時系列的に遡って描写しているということです。
 
 前後の脈絡の中で理解すれば、それぞれの箇所は矛盾していないということです。


 終わり