ダビデの日記

自分が学んだ聖書の教えに関するブログ

終末論

ヨハネの黙示録の正しい読み方

私たちの多くは、黙示録を時系列的に理解しようとしてはいないでしょうか。 例えば、7つの封印、7つのラッパ、7つの怒りの鉢は、それぞれ別の時期に起こる裁きだと考えていないでしょうか。 しかし、時系列的な読み方では、黙示録を正しく理解することは…

患難期の3年半の間、教会は地上で反キリストの迫害に遭う

先日の記事では、七十人訳のダニエル9:27に基づいて、患難期が3年半であることを説明しました。 この記事では、患難期の間に教会が地上に存在していることと、反キリストによる迫害に遭うことを、ごくシンプルに説明したいと思います。 ダニエル7:25 彼は…

患難前携挙説は虚構~七〇人訳に基づく「患難期」の真実~

私たち現代のクリスチャンの多くは、患難期が7年間だと考えます。 しかし、終末論を調べてわかることは、歴史的解釈では患難期が3年半と考えられていることです。 事実、新約聖書には、患難期が7年間であることを示す箇所は1箇所もなく、すべての箇所が…

患難前携挙説の「切迫性」の誤り その2

「切迫性」に関する過去記事でも述べたとおり、患難前携挙説の言う「切迫性」には問題があります。 この記事では、前回とは少し違う視点でその問題点を指摘します。 ●2000年は「すぐに」ではない 黙示録22:7、12、20 「見よ。わたしはすぐに来る。この書の預…

患難前携挙説の「携挙の切迫性」は聖書的か?

患難前携挙説は、しばしば携挙の切迫性を強調します。 例えば、先頃のクリスチャン・トゥデイの記事で、中川健一先生が切迫性を強調しています。 以下にその部分を引用します。 中川氏自身は患難期前携挙説の立場だが、他の説についても時間をかけて説明し…

携挙が起こるタイミング 1テサロニケ4章

「聖書の現象」について書いていた間も、携挙に関するコメントがいくつか来ました。 終末論に対する関心が高いのだと思います。 そこで、単発ですが携挙が起こるタイミングについて書こうと思います。 なお、反論される場合は、記事で取り上げる聖書箇所の…

毒麦の譬えと千年王国

毒麦の譬えを理解するには、千年王国の概念が必要だという内容です。 マタイ13:24~30 イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、こういう人にたとえることができます。ある人が自分の畑に良い種を蒔いた。 13:25 ところが、人々の眠…

黙示録の144,000人とは? その1

黙示録7章と14章に登場する144000人について考えてみました。 私は以下の理由により、144000人は実際のイスラエル民族を指していると思います。 ●イスラエル民族と解釈する理由 *ヨハネ文書の中で「イスラエル」という語は常に実際のイスラエルの民を指し…

患難前携挙説は警戒すべき教え

岡山英雄氏が、著書「小羊の王国」で興味深いことを書いているのでご紹介します。 岡山氏はP61~P62で、「終末のラッパ」について論じています。 1テサ4:16の「神のラッパの響き」、マタイ24:31の「大きなラッパの響き」、 黙示録11:15の「第7の御使い…

終末のイスラエルの民族性と歴史的前千年王国説の不備

ジョージ・エルドン・ラッドは、「終末論」の著者として日本でも知られています。 また「The Meaning of the Millennium: Four Views」の中で、 歴史的前千年王国説の執筆も担当しています。 しかしラッドは、新約聖書のみから終末のイスラエルを論じている…

イスラエルの民族性

イスラエル民族に関する終末論的解釈は、見解が分かれています。 同じプレミレであっても、ディスペンセーション的プレミレと歴史的プレミレでは、 イスラエル民族に関する見解が異なります。 この問題について岡山英雄氏が著書「小羊の王国」の中で論じて…

ディスペンセーション的前千年王国説の問題点

この記事では、ディスペンセーション的プレミレの聖書解釈を検証します。 ●患難前携挙ありきの聖書解釈 黙示録20:4~6 また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のこ…

後千年王国説と千年一日説

この記事では、後千年王国説の聖書解釈を参照した上で、千年一日説と比較します。 ●後千年王国説 後千年王国説(ポスミレ)の聖書解釈については、 The Meaning of the Millennium: Four Viewsを参考にします。 ポスミレを執筆しているのは、ローレン・ベッ…

無千年王国説と千年一日説

この記事では、無千年王国説の聖書解釈を参照した上で、 千年一日説の立場から所見を述べます。 ●無千年王国説 無千年王国説(アミレ)の聖書解釈については、 The Meaning of the Millennium: Four Viewsを参考にします。 アミレの執筆を担当しているのは…

千年一日説のユダヤ教および初期キリスト教的根拠

千年一日説のユダヤ教的背景や、初期キリスト教的背景について記事にしました。 ●ユダヤ教的背景 以下は、ユダヤ教のティーチングサイト「Chabat.org」からの引用です。 寄せられた質問に対して、サイトの筆者が答えています。 質問: ラビからは、6000…

アダムの寿命と千年一日説

この記事では、千年一日説の根拠の一つとなる興味深い聖書解釈をご紹介します。 創世記2:16~17 神である主は、人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。17 しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを…

千年王国諸説

黙示録20:1~10には、「千年」(ギ:キリア)という言葉が6回出てきます。 この部分で描かれているキリストによる支配は「千年王国」と呼ばれています。 千年王国を軸にして、再臨がどのタイミングで起こるかを述べる説は大きく4つあり、 過去記事「千年…

千年一日説/The One Thousand Year Day その3

この記事は「Post-Trib」(Dennis Farrell著)の「The One Thousand Year Day」からの抄訳です。 筆者は患難後携挙説の立場から、「主の日」や「裁きの日」「最後の日」は単一の1日であると同時に1000年間でもあり、千年王国と重なる期間であると論じてい…

千年一日説/The One Thousand Year Day その2

その1のつづきです。 上述の注釈を考慮し、これらの聖書箇所を字義通りに解釈するなら、千年王国は1000年間の裁きの日であると考えられる。… 聖書で「最後の日」「裁きの日」「主の日」という表現が使われる場合、それは字義通りのものであり、1000年間を…

千年一日説/The One Thousand Year Day その1

「Post-Trib」(Dennis Farrell著)という書籍の「The One Thousand Year Day」のセクションから抄訳します。 この本は、タイトルが示すとおり、患難後携挙説の立場から書かれています。 ☆ ☆ The One Thousand Year Day/千年日 1ヨハネ4:17は、「裁きの…

お知らせ

最近までシリーズで終末論を考えてきましたが、 私はその中で、主の日と千年王国は同じものであるはずだという見解に至りました。 その後、本や論考を読むなどして確認をしてきましたが、 聖書の教えと合致している可能性が高くなってきましたので、 近日中…

「二十四人の長老」~代表か総体か~

黙示録には「二十四人の長老」と呼ばれる人々が登場します。 患難前携挙説は「二十四人の長老」は教会の総体であると解釈し、 ゆえに患難期には教会は地上に存在しないと考えます。 一方、患難後携挙説では「二十四人の長老」は教会の代表者たちで、 教会は…

患難前携挙説の聖書解釈の問題点

患難前携挙説を信奉する方々の中には、熱心に聖書を学んでいる方もおられます。 しかしだからといって、その方が同説を主張するとき、 聖書箇所を正しく解釈しているとは限りません。 この記事では実例を挙げて説明します。 ●あるブログ 以下は、患難前携挙…

患難前携挙説にとって無意味/矛盾と思われる黙示録の言及

黙示録の中には、患難期前に教会が携挙されることを前提にした場合、 意味がないと思える記述や、矛盾しているように思える箇所がいくつかあります。 この記事では、それを取り上げます。 黙示録1:7 見よ、彼が、雲に乗って来られる。すべての目、ことに彼…

神の怒りと患難前携挙説の矛盾

患難前携挙説によると、患難後携挙説の矛盾点の一つは、 教会が患難期を通過することで神の怒りを受けることだとされます。 この記事では、患難前説がこの主張をするときに、 気づいていない誤解について述べたいと思います。 ローマ5:9 ですから、今すでに…

携挙は再臨の日に起こる 後編

前編からのつづきです。 ●他の箇所への適用 前編の結論が正しいかどうかを、他の箇所でも確認します。 ルカ21:20~28 しかし、エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、そのときには、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。 21:21 そのとき、ユダヤにいる人々…

携挙は再臨の日に起こる 前編

ゼカリヤの預言によれば、「主の日」は一定の期間ではなく「ただ一つの日」です。 この定義に従って福音書やパウロ、ペテロの言葉を理解すると、 携挙が再臨と同じ日に起こることがわかります。 ゼカリヤ14:1~7 見よ。主の日が来る。その日、あなたから分捕…

携挙のラッパが鳴るのは患難期の前ではない

携挙の際にはラッパが鳴ると、パウロは言っています。 このラッパが鳴るタイミングがわかれば、携挙のタイミングもわかります。 この記事では、そのタイミングについて論じます。 1コリント15:52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッ…

【短編】患難前携挙説を信じるか、ダニエルの預言を信じるか

患難前携挙説では、死者の蘇りは患難期直前の携挙のときだと言われています。 この点が聖書と照らし合わせて一致しているかどうか、ダニエルの預言で検証します。 ダニエル12:1~2 その時、あなたの国の人々を守る大いなる君、ミカエルが立ち上がる。国が始…

患難前携挙説を信じるか、主イエスの言葉を信じるか

患難前携挙説によると、 教会による福音宣教は患難期の直前で完了し、教会は携挙されることになります。 しかし、マタイの福音書の主イエスの言葉を解釈する限り、そうは受け取れません。 この記事ではその点を検証します。 マタイ24:3 イエスがオリーブ山で…